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2014.10.01

 香港デモ勝利の歴史、今回との違いは−中国政府が標的 

カテゴリ 福島原発事故 出典 W・S・ジャーナル 10月1日 電子版 
記事の概要
中国に盾突いても勝ち目はない、というのが通説だ。しかし、香港の学生は1997年の英国から中国への主権返還以降、2度勝利を収めている。

2003年、市民の自由を脅かすとして物議を醸した国家安全保障法案の撤回を香港政府に求め、50万人の市民が街頭デモを繰り広げた。

1989年の天安門事件以来最大のデモで、政府は直ちに引き下がった。法案はその後も再提出されておらず、当時の香港行政長官は最終的に辞任した。

2012年、高校生たちは現地校への「愛国的教育」の導入計画を阻止する闘いで勝利した。

その高校生の多くが今、市内の通りを封鎖し、民主化の闘いを続けている。

しかし、現在の香港と中国政府の対立は状況が異なっており、より大きな利害がかかっている。

これまでの勝利はいずれも中国の指導部が弱体化している期間に得たもので、抗議の矛先も中国政府に向けられたものではなかった。

香港大学の張賛賢教授(政治学)は「抗議運動がさらに拡大すれば香港と中国の中央当局との関係は崩壊の危機にさらされることになる」との見方を示す。

12年に高校生が勝利したときは、胡錦濤国家主席と温家宝首相の退任の数カ月前で、しかも中国指導部は元重慶市トップをめぐる薄熙来騒動のさなかにあった。

03年のデモ発生当時は胡氏も温氏もまだ比較的就任間もないころだった。

さらに重要なのは、過去の対立では中国政府を直接標的にしていなかったため、香港政府とデモ隊の間で妥協を図らせ、中国指導部は関与しなかったとみられることだ。

張教授は「現在の政治危機ではデモ隊は中国政府が同意しそうにないことを要求している」と指摘する。

こうした対立は香港と中国の緊張を最も目に見える形で示している。

その背景として、香港住民の間には中国政府に対する根強い不信感がある。

発端は英国が1980年代初頭に中国への主権返還を決定したときにまでさかのぼる。

住民の多くはもともと共産党統治下の過酷な生活から逃れようと香港に避難してきており、共産党に主権が戻る見通しになったことに当時、香港の多くがたじろいでいた。

カナダやオーストラリアなど外国に数万人が移住する一方で、中国は警戒する経済界や現地政治団体の支持を得ようと大規模なPR作戦に乗り出し、彼らに体制維持を約束した。

しかし、1980年代を通じて得た信頼は天安門事件で失われた。

100万人を超える住民が街頭デモを展開し、弾圧を非難した。これほどの大規模なデモ行進が香港で行われたことはいまだにない。

以来、香港の民主派政治団体は急速に規模を拡大。

段階的に改革を進めたがっていた中国政府に反発し、迅速な民主的改革を訴えている。返還からわずか10年後、中国は行政長官の直接選挙を2017年から実施することを決定。

ただし、候補者の選出方法については、あいまいさを残していた。

近年では中国の好景気や新富裕層の登場も香港との緊張を招く原因となっている。

住民の多くは、買い物や観光、不動産の購入に中国本土から香港へと押し寄せる人たちに包囲されていると感じている。

中流階層住民のほとんどに手が出ない水準にまで居住用不動産価格が高騰しているのは、外資保有規制にもかかわらず、中国本土の買い手からの需要が旺盛なためだとみる住民もいる。
コメント
今回の香港の大規模抗議活動は、中国政府、香港市民ともに、譲れない事情を抱えているということである。

中国共産党は甘くないというが、香港で中国政府が大規模な弾圧に乗り出せば、中国全土に治安悪化が飛び火する可能性が高い。

戦時中に日本の特務機関員として中国で働いていた父は、中国人の意思の強さや犠牲精神の高さを評価していた。

今の香港の人々に独裁への強い反発心を感じる。簡単には中国当局の弾圧に屈しないと思う。




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