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この人ほど日本人が似合わない人はいない。昔なら満州馬賊の統領か、暗黒組織の黒幕といった風貌で、東南アジアを馬賊の如く闊歩しているフォト・ジャーナリストである。その名は馬渕直城という。知る人ぞ知る、この世界では有名な好人物である。
この人のスケールは島国日本には収まらない。戦乱のベトナムやカンボジアでは、現地の人さえも驚く現地語を操る。現地語を操るというのは、その地方の方言さえも聞き取り、かつ自由に話すことができるという意味である。聞けば、どのような国の方言でも、そこに3ヶ月留まれば、不自由なく話せるようになったという。ベトナム、カンボジア語ばかりではない。英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語はもちろん、ロシア語やフィンランド語にも不自由しないそうだ。もちろんマレー語やタガログ語も何自由なく話すことができる。いつも小型の短波ラジオを持っていて、我々とインドシナの密林で取材中も、毎朝髭を剃りながらVOAや世界のニュースを聞いて、その日の世界の重要ニュースを教えてくれた。誰よりも耳〔音感〕が敏感で、わずかな発音の違いも聞き逃さない。もちろん記憶力も抜群である。「言葉も最初の10ヶ国までは大変だけど、それを超えたらもうたいしたことないね」と平気で話す人である。
むろん日本語は申し分ない。国際キリスト教大学(ICU)を8年ぴったりで卒業した。その後、戦火のベトナムやカンボジアが馬渕氏のホームグランドになった。カンボジアではプノンペン陥落に立会い、カンボジア人の奥さんと苦労の末に日本にたどり着いたこともあった。当時の女性週刊誌に、「愛は戦禍を越えて」というタイトルで話題になったこともある。現在は別のタイ人の奥さんと結婚している。もともと軍人の家系で、「大本営発表、本日、米英と戦闘状態に入れり…」とラジオで真珠湾攻撃の放送をした大本営報道部の馬渕中佐はおじさんである。俳優の馬渕晴子〔若い人はご存知ないかもしれないが、女優ヌードの最初の人。NHK「あまからしゃん」のおばあさん役〕は従妹である。戦争と聞けば、血が騒ぐのも家系の血のせいかもしれない。映画「地雷を踏んだらサヨウナラ」にも、一ノ瀬さんの友人として協力している。
この人のまつわるエピソードは山ほどある。麻薬王クンサを取材後に、タイ人のコーデネーターがバンコクで射殺されたとか、ミャンマーに潜伏しようとして奥地のジャングルで逮捕され、バンコクに送還されたなどという武勇伝である。また現地の事情通として、日本のテレビ番組で通訳兼コーデネーターを頼まれた際、あまりにも現地の人がでたらめを話すので頭にきて、事実を現地の男の話に関係なく話してしまった。そのことがあとで大問題になったということもあった。この人ならという武勇伝である。
体の中には、ベトナムで40ミリのグリネード弾を受けた破片が残っている。つい数年前にも、宿泊中のホテルの火事で危うく焼け死ぬところだった。マラリヤ・赤痢の経験は数知れず。死神もきわどいところで、馬渕さんを避けて通るというのが、彼を知る友人たちの通説である。
この人には、この島国日本の枠に入りきれなく、タイに渡って活躍した山田長政のような、大陸の風に吹かれてさすらう男のロマンを感じる。そろそろこの人の一生を、一冊の長編小説にまとめる時がきたような気がする。その本を読むのが今から楽しみである。来週は恒例のカンボジア友好協会の忘年会で、馬渕さんや彼の友人たちと水道橋の中華屋さんで飲む。竹内正右さんも顔を出す。今からどんな話が聞けるか楽しみである。〔写真はカンボジアのパイリンにある寺院の階段を登る馬渕さん。階段の両側は濃密な地雷原である)
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