仙人を連想させるジャーナリスト


フォト・ジャーナリスト 竹内正右〔たけうち しょうすけ〕さん

  この人と知り合ったのは25年ぐらい前の頃でした。その当時はまだ印象が浅く、「なにか、世間離れした人だなあ」ぐらいにしか感じていませんでした。
 早稲田で山岳部にいたそうで、若い頃に一杯やりながら、竹内さんがヒマラヤで遭難した時の話をしたとき、「…そうしたら、そいつらは死んじゃった。」と、ニャーと笑って話したときは、竹内さんに不気味ささえ感じました思い出があります。

 竹内さんの凄さがわかるのは、誰でもやはり十年や二十年はかかります。私が最初にすごいと感じたのは、7年前にカンボジアの首都プノンペンで、まもなく大暴動が起きそうだというときです。もしその夜に暴動が起きれば、政府軍兵士が市民に向けて、無差別射撃するのは必至と思われていました。その最も危険な場所である中央通りのホテル(開高健の「輝くける闇」に登場するホテル)の2階の窓に、竹内さんは隠れてVTRカメラで撮影のタイミングを狙っていました。もちろんカメラのレンズが見つかれば、その部屋は道路の政府軍兵士から集中砲火をあびることになります。手榴弾も飛び込んできます。そんな場所にVTRカメラを抱えて、暴動を撮影するのはあまりに危険過ぎます。私はその危険を避けて、そのホテルの反対側にあるホテル屋上に隠れて、撮影のチャンスを狙っていました。反対側のホテルの2階で、灯りを消した窓にチラチラする竹内さんの姿を見て、この人はすごいと感動しました。確かに、ホテル2階の位置と屋上のカメラの視点では、2階のほうがはるかに迫力のある映像がとれます。

 幸い、その夜は政府軍が戒厳令のような警備体制をひいたので、予告されていた暴動は発生しませんでした。その深夜、竹内さんとビールを飲んだ時、「二階では危険過ぎませんか」と聞いたら、ニャーと笑っていました。

 竹内さんがモン族の取材で、アメリカの友人の家に居候していたとき、学校にでかけるその家の娘さんが、ベランダにいて何かを考えている竹内さんの横に、新品のバーボンウイスキーを1本置いて出かけました。夕方、その娘さんが学校から帰ると、竹内さんはまったく同じ姿勢で考えながら、そのベランダから外を眺めていたそうです。そして脇に置いてたウイスキーをみると、ボトルが完全に空になっていました。そのような竹内さんの仙人的な生き方に、そ娘さんはすっかり感動して、竹内さんの熱烈なフアンになったそうです。

 最近、NHK衛星で「ケネデイーの秘密部隊」に出演していました。あの番組は、竹内さんの著書「モンの悲劇」(毎日新聞社刊)をもとに作られいます。ベトナム戦争に投入され、米軍のために使われた「山岳部族 モン族」の悲劇を描いています。面白い本です。
 
写真は竹内さんが撮影のために隠れたプノンペンのホテルです。当時は一泊が外国人なら50ドル(5000円ぐらい)でしたが、値切れば35ドルぐらいになりました。シャワーはたまに温水がでることもありましたが、たいていは茶色の水でした。