映 画 『トータル・フィアーズ』
製作・総指揮 トム・クランシー/ストラットン・レオポルド
現実となった核戦争(核テロ)の恐怖
イスラエルで29年間、砂漠に眠り続けた原爆が生き返った!
2002年8月10日より 日本各地で上映開始
この映画では、劇場パンフレット(下の写真)の中で、「現実になった核戦争の恐怖」の記事を私が書いています。私なりに、軍事的にこの映画をどう見るかを解説したつもりです。中学生や高校生にもわかりやすい表現にするように心がけました。今や核戦争や核テロが、どのような社会環境にあるのか。そんなことを考えながら「トータル・フィアーズ」を見ると、世界が核戦争に向かって歩んでいることに気がつくでしょう。
エジプト・シリア両軍の奇襲によって大打撃を受けたイスラエル軍は、その後もシナイ半島の砂漠などに布陣した対空ミサイルや対戦車ミサイルによって、主力部隊を次々と失った。まさにイスラエル国家存亡の危機を迎えたとき、ネケブ砂漠にあるディモナ原子力研究所(発電所)で核爆弾(原爆)は組み立てられた。核爆弾の組み立ては、宇宙から覗き見する者の眼下で、隠すことなく行なわれた。組み立ては地下の実験室でも、中庭に並んだ特殊車両には、車種を隠すカバーは取り外された。暗にイスラエルはソ連(当時)に原爆組み立ての事実を伝えたかったのだ。 上空の偵察衛星から、イスラエルの原爆組み立て部隊が動いていることを察知したソ連は、報復のための原爆を貨物船に積み、黒海の港からエジプトに出港させた。そのことを暗号電文にしないで、解読容易な平文のままエジプトへ送信した。次に、この通信を無線傍受で察知したのはアメリカの情報機関である。ソ連がエジプトへ平文で送信した理由は、アメリカに対して、核戦争勃発の危機を知らせ、核戦争を防ぐ意志があることを暗示していた。イスラエル、ソ連、アメリカの3国で、核戦争をめぐり究極の駆け引きが行なわれた。 しかし米国の情報分析官は、このままでは中東で核攻撃の応酬が始まると米大統領に進言した。そこで米大統領はイスラエル軍を支援するため、当時、アメリカで極秘に開発中だったレーザー誘導爆弾を緊急に供与した。これが日本では、湾岸戦争(91年)ですっかりお馴染の精密誘導爆弾の原型である。イスラエル軍はこの新兵器のレーザー誘導爆弾を使い、目前に迫ったエジプト軍に反撃し、絶対不利な形勢を立て直した。こうしてイスラエルは国家存亡の危機と、核戦争の危機から救われたのだ。このことは紛れもない史実であり、軍事専門家の間で、公然と語られる秘話なのである。
1度目(01年)は旅客機による、世界貿易センタービルなどへの同時多発テロ、2度目(02年)がボルチモアで起きた核爆発テロ(映画)。軍事専門家の私でさえ、どこまでが現実で、どこがフィクションなのか、映画に描かれた核戦争の恐怖に怯えた。同時多発テロの後遺症に苦しむアメリカ人にとって、まさに核テロは現実の悪夢である。 その現実を見ると、2002年6月、アメリカは核兵器、生物(細菌)兵器、化学(毒ガス)のテロを取り締まる専門の部隊を国内に発足させた。さらに国防総省とは別に国土安全保障省を新たに発足させ、国内のテロに備える部門を強化させるという。まさに国家非常事態宣言である。間もなくアメリカの大都市で、核などの大規模テロが起きる可能性が高い。核兵器テロは想像の危機ではなく、現在進行形の脅威なのである。 95年までの核兵器は、米、露、中、仏、英の5ヶ国(イスラエルは公式には核武装を宣言していない)に限られていた。そこでは厳格な核管理が行なわれ、核兵器の攻撃には核兵器で報復することと、一旦、核兵器が使用されると、さらなる連鎖を招き、大規模な破壊に繋がる核戦略が採られていた。その恐怖心から核戦争は抑止されてきた。これを核戦略の専門用語で確証破壊戦略(MAD)と呼んだ。1個の核兵器でも使われれば、間違いなく、民族を死滅さすほどの破壊を受ける。核戦争には勝者も敗者もないという意味である。 しかし21世紀になって、わずか1年半でこのMADが崩れかかった。その理由は3つある。一つは98年5月にインドが核実験禁止の封印を解いて、24年ぶりに核実験をしたこと。その同じ月には、パキスタンが核実験に成功し、そしてインド、パキスタンともに、核武装の宣言をした。(24年前にインドは核実験を成功させたが、核武装の宣言は行なわなかった) 02年6月、インドとパキスタンの国境に軍事緊張が高まった。帰属問題で対立しているカシミールで、両軍は一食触発の軍事危機を迎えた。そのとき、インドとパキスタンは初めて核兵器の存在に触れ、互いに核兵器の威嚇を行なったのである。「核兵器を使ってでも、この紛争に片をつける」と公言した。いままで通常の紛争で、核兵器を持ったもの同士が、核兵器で威嚇しあうなど、初めてのことだった。たとえ限定的な地域紛争でも、核戦争勃発の恐怖が世界を覆った。 ふたつ目は、アメリカが今年なって正式に、ミサイル防衛(MD)の配備を決めたことである。アメリカに向かって発射された弾道ミサイルを、空中や宇宙で破壊して、自国にミサイルが打ち込まれないようにすると宣言した。これはMADの時代には禁止された事項だった。米ソは互いにABM条約を結んで、迎撃できる最小限のミサイル(ABM)しか認めなかった。敵のABMの傘を破ろうと、新兵器の開発・配備など、不要な軍拡競争を招くことと、恐怖の均衡といわれたMADが、これ以上、グラグラと揺らぐことを防ぐためである。ところが今年(02年)、アメリカがロシアを納得させて、強引にABM条約の破棄と、MD構想の実現を宣言した。結果的に、核戦争は現実に起こるものとして、米ソの軍事政策が動き出した。アメリカの言い分は、これ以上ABMに縛られていては、イラクや北朝鮮など「悪の枢軸」から飛んでくる弾道ミサイルを防げないというものだ。しかし実際は、米国内の軍事産業に莫大な資金を与え、より強いアメリカを作り出すことが本音であるのは間違いない。 三つ目の理由は、これもアメリカの核兵器・戦略の変更である。ブッシュ大統領は地下施設などに隠された大量破壊兵器を攻撃するために、核弾頭を搭載した兵器を、実際に使うことを前提に検討を開始した。地下貫徹爆弾(バンカーバスター)では、その貯蔵庫を破壊しても、その中にある細菌や毒ガスが外に漏れ、周囲に多くの被害者が出ることが考えられる。そこで核爆弾を搭載したバンカーバスターを作り、その核爆発の熱で細菌や毒ガスを焼き払うという論理だ。しかしそのような考え方が通用するのか、だれも実験をしたことはない。毒ガスや細菌の代わりに、有害な放射能をまき散らす危険さえも、まったく考慮されていない。 3つの理由で、21世紀になってわずか1年半という短い時間ながら、核戦争の敷居はドンドン下げられた。 そのような核戦争の危機感と、同時多発テロのような大規模テロの恐怖が、再び現実的なものになってきた時期に、この映画が全米で公開されたのだ。アメリカ人が震撼したのは当然である。このようにリアリテーあるストーリーが出来上がったのは、原作をトム・クランシーが描いているからである。彼は現代の軍事小説の描き手として、すでに世界中で多くの愛読者を獲得している。彼の小説の魅力は軍事情報の信憑性の高さである。情報機関や軍の当事者に直接取材し、多くの証言や直接情報の中から、迫力あるストーリーを組み立てる。 最新兵器や軍事戦略を知り尽くしたトム・クランシーだからこそ、核兵器の拡散で生まれた核テロの恐怖に襲われた世界を描き出せるのだ。 (2002年8月2日) |