大田昌秀著 「沖縄の決断」


朝日新聞社刊 2200円+税

 言わずと知れた沖縄県前知事の大田昌秀氏が、代理署名拒否、普天間返還、海上基地拒否と、あの激動した知事時代の出来事を語った本である。しかしそれ以前に、太田氏が生まれ育った沖縄で、太田氏が何を体験し、どのように感じ考えたかを詳細に綴っている。前半に書かれている太平洋戦争の沖縄戦で、当時の沖縄の中学生たちが、軍務に組み込まれて闘った体験話はむなしく壮絶である。その戦争体験がやがて太田氏の青春の道に続き、やがて沖縄での政治活動につながっていった。その延長線上に知事時代の太田氏が存在したのである。

 もぎれもなく、沖縄はかつて日本国の植民地であった。古くは薩摩の過酷な搾取に支配され、太平洋戦争で沖縄県民は軍務に活用され、やがて切り捨てられ、そして卑劣にも虐待された歴史がある。その意味では、沖縄戦のあとに上陸してきたアメリカ軍は沖縄にとって解放軍のはずだった。しかしその歓迎すべきアメリカ軍を、沖縄の人たちは心から嫌悪してきたという。なぜか、「アメリカ軍は沖縄の人達が何代にもわたって綿々と耕してきた農地を、軍のブルドーザーが数分で潰し、自らの軍用地として高いフェンスで囲んだからである」。沖縄の人々にとってアメリカ軍は解放軍ではなく、薩摩や日本軍よりも過酷な支配者となった。
 
 米軍は軍政時代に勝手気ままに沖縄を支配し、沖縄の人々の自由や幸福を奪った。米軍基地や軍人がもたらす被害は、基地運営によってもたらされ利益の数倍になった。沖縄は長いあいだ米軍政下で苦しんだ。やがて沖縄は切望した日本に復帰した。しかし沖縄の米軍は変わらなかった。そこで沖縄の人は米軍基地の縮小を訴えだした。過去には日本復帰が沖縄の願いだったように、今は米軍基地の縮小と地場産業の育成が県民の切望である。要するに平和と繁栄、この両輪は考え様によっては同軸のように見える。しかしよくよく考えてみれば、互いに対立するものであることがこの本でわかった。沖縄の地域がより発達しようとすれば、重要な地域に居座る米軍基地は邪魔な存在なのである。軍事優先の社会に、健全な産業は成長できない。軍国主義社会でなければ、軍事と繁栄の両輪は成り立たないのだ。
 
 普天間基地の代替えで、地場産業の振興などあり得ない。沖縄海洋博の二の舞を再び体験するだけの話だ。しかし窮乏する地元では、たとえ海洋博の二の舞であっても、当座の振興策は喉から手が出るほど欲しい。その気持ちも痛いほどわかる。その一方で米軍基地がもたらす災いはもう我慢できないという気持ちも理解できる。

 太田氏の思考の原点にある沖縄戦からは、基地の新設(海上基地建設)で地域の経済を発展さすことは出来ないだろう。これは広島や長崎の市街地に、原発施設を作れというよなものである。いや原発施設というよりも核兵器の貯蔵基地を作れば、橋や道路を作ってやるという言い方に等しい。

 アメリカ政府〔軍)、日本政府、沖縄県、沖縄の各地に住む地域住民、そのような複雑な環境で地域のリーダーとなった太田氏が、国や沖縄県民との間にもまれながら、何に悩みながら、苦悩し決断していったかを知る本である。

 この本を読み終えて思った。これは反戦本でも、反体制を訴えるでも、平和運動を裏切った(一部の人は太田氏をこう呼ぶ)人の弁解の本ではない。これからの沖縄をどのように築けば、島の人々が豊かに幸せになるかを考えるために読む本である。太田氏の苦難を無駄にしてはいけないと強く感じた。(2000・2・23)