現 場 検 証 !
『北朝鮮の弾道ミサイルは脅威か』

脅威が正当に評価されているのだろうか

 いつの間にか、テポドン2が生まれていた。その誕生日を探ると、日本でテポドン騒動が起きた98年8月の翌年(99年)であることがわかった。
 テポドン2は立派に成長し、最初はアラスカやハワイが攻撃目標と想定された。しかし今ではアメリカの西海岸にあるサンフランシスコやロサンゼルスまでが、テポドン2が到達できる弾道ミサイルになった。ところがよくよく見ると、これはCIAが勝手に想像した産物で、だれも実物を見たものはいなかった。
 それではなぜ生まれたのか。その根源を語ると笑い話である。
 1999年、北朝鮮はミサイル発射実験場がある000に弾道ミサイルの発射台を建設し始めた。その様子は直ちに韓国に駐留するU−2偵察機や、上空の偵察衛星で詳細に探ることになった。しかし発射台の建設は中断した。発射台を完成させたが、ついに弾道ミサイルの組み立ては始まらなかった。
 しかし米軍情報部は意外な事実に気がついた。98年のテポドン発射では、発射台の高さは22メートルだった。しかし今回の発射台の高さは33メートルであるという事実である。この差は何を意味するのか。アメリカはこれを新型ミサイルの実験未遂と推測したのである。
 そうなのだ。発射台が33メートルでテポドン2が誕生したのである。なんともいい加減な誕生秘話である。発射台が33メールなら、テポドン2はアラスカやハワイを射程に収めると、誰かが勝手に推測した。そこで推定射程は1万2000キロという数字が一人歩きを始めた。さらに数字に真実性をもたせるために、射程1万2000〜1万4000キロというお化粧がなされた。
 それから3年経って、いくら外貨が不足している北朝鮮でも、この3年間のうちに多少は射程が伸びて、1万6000キロぐらいはなっているはずと想像したのである。
 03年2月、アメリカのテネットCIA長官が、下院の軍事委員会に出席して、「北朝鮮はアメリカに届くミサイルを持っているのか」という質問に、後ろに座っているスタッフの一人とコソコソと話し、「答えはイエスだ。このことは機密だがその通り」と言ったわけである。
 その報道を受けて、このホームページではテネットCIA長官を大ホラ吹きとこき下ろしたのである。
 元はといえば、33メートルの発射台が建設されただけの話である。こんなことを、平気で間に受けて裃(かみしも)つけているのが日本の防衛白書である。またそのように根拠のないCIA情報を、畏(かしこ)まって承っているのが日本の大マスコミである。
 だから日本で弾道ミサイル騒動が起きると、誰もコントロールすることができず、ついつい大騒ぎになってしまうのだ。
 ノドンだってそうだ。日本海に向けて発射したのは93年5月の4発だけである。それがどうしてCEP(半数命中射界)がわかるのか。・・・・・・急に、用事ができたので、この続きはまた今度にします。お楽しみに。   (つづく)    ごめんなさい。