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その原理はすごく簡単である。日本でもおなじみのホームセキュリテーは、長島茂雄さんのコマーシャルのおかげでかなり普及してきたが、あれが軍事技術を応用したものであることを知っている人は少ない。時代はベトナム戦争後期にさかのぼる。米軍はベトコンが潜むジャングルや農村に、ヘリでパトロール部隊を派遣し徒歩で偵察をさせた。そこで待ち伏せにあえば、直ちに上空の攻撃機や後方の砲兵隊に支援を求め、前方のベトコンに砲弾や爆弾を撃ち込んでもらう作戦だった。これが悪名高いサーチ・アンド・デストロイ作戦である。この作戦がなぜ悪名高かったかといえば、オトリになった部隊に犠牲者が多く出たからだ。また山間部に補給路(ホーチミンルート)を作った北ベトナムの補給部隊は、夜間に自転車や人馬を使って大量の物資をベトコンのもとに届けた。これを空爆して断つには、山間部に巧妙に作られた補給路にセンサーを仕掛けるしか方法しかなかった。そのような事情で開発されたのが、飛行機から散布するセンサーである。動物の糞、木の葉や枝、小石などに姿を変えたセンサーが、位置を正確に記録されてジャングルにまかれた。この各種のセンサーは、人の話し声や足音、車の振動、人間の体臭などを感知して、近くの山頂に設置された無線中継基地を経て、そのデーターを後方の司令部に送った。その通報で司令部はその場所に空爆や砲撃を行ったのである。その軍事技術を応用したのが、ホームセキュリテーなのである。(ちなみに日本の宅急便は、米軍の物資輸送システムを応用したもの)
最近はそれをさらにネットワーク化する技術が加わった。携帯電話やインターネットの応用である。テレビカメラ、赤外線カメラ、ドプラー戦場監視レーダー(山頂に設置すれば、人や車など、動くものだけを探知する小型の対人対車両レーダー)、無人偵察機、それに振動や話し声や体臭を感知する小型センサーを、ネットワークで結んで、広範囲に昼夜を通して監視を行うのである。ヘリや航空機の偵察なら、天候に影響されることもあるが、この戦場監視システムなら、天候の影響は最小限に激減することができる。指揮官は偵察部隊をだすことなく、自分の担当地区の変化(敵の動き)を常時監視できる。当然ながら、見方の兵士が行動中に敵に狙撃される危険も激減する。
このシステムは、民家の少ない山間部で行えば、市民(農民)と兵士を分離させることも可能になる。また夜間外出禁止令をだし、夜間に移動するものはゲリラと特定しすると、攻撃がしやすい環境が生まれる。民間人の犠牲を少なくするのも、ベトナム戦争で得た重要な教訓のひとつである。
さらに各地のセンサーが感知したデーターは、後方の司令部を通じて、そのまま攻撃部隊に伝達される。上空で待機中の攻撃機に、「000峠の近くにある座標234−123−876の地点を、敵の部隊が移動中、進行速度は東南東に時速24キロ、勢力は車3台に68名が乗車、軟目標、クラスタ爆弾3発を投下せよ」。「攻撃命令了解、2分30秒後にクラスタ爆弾3発を投下する。着弾は4分45秒後」。こうして攻撃機は目標の15キロ手前の上空で爆弾を投下する。この距離ならゲリラに航空機の爆音は聞こえない。爆弾は投下後に小さな翼を開いて滑空を始める。誘導は爆弾先端に組み込まれたGPS装置が行う。車のカーナビと同じものだ。誘導データーの入力は、司令部から送られた目標データーを入力する。滑空する爆弾は目標上空でいったん破裂して数百の子爆弾を放出する。ゲリラが自分たちが攻撃されたことに気付くのはこのときである。しかし数秒後には、空中に放出された子爆弾が地上すれすれで一斉に爆発する。パチンコ球ほどの鉄球と爆風が付近の地表全体に襲い掛かる。その後、上空を無人偵察機が飛来し、赤外線カメラで体温(生存)があるものと、無いもの(死者)の数を数えて戦果を確認する。
このように各種の戦場監視機材が情報ネットワーク化され、その情報が指揮管制センターに送られる。さらに指揮官の判断で、後方で待機中の攻撃部隊に爆撃や砲撃が命じられる。もし悪天候なら、航空機にかわってクラスタ弾頭をつけた砲弾や、ロケット弾が撃ち込まれる。そのようネットワーク化された警戒・情報・指揮・攻撃システムがRMAなのである。「戦場無人化計画」と呼ばれたこともある。米軍の損害も少なく、アフガンの一般人の損害も防げるので、アメリカはアフガンでこのRMAの戦争を行うはずである。参考までに付け加えるなら、RMAは数百年に1回起きるか、起きないかといわれる大軍事革命で、このようなRMAシステムを持っているのは、今は米軍だけである。世界の軍事事情を一変させる力を秘めている。(10月2日)
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