バスジャック事件から何を学か


警察SWTの作戦分析 
 西日本鉄道の定期高速バスが、5月3日に17歳の少年にバスジャックされた。事件は4日早朝の警察SAT部隊の突入で解決した。その間に乗客一名が死亡、5人が重軽傷を負ってしまった。あのバスジャック事件を通じて、私が何を考えどのように分析したかを紹介する。なお私は当日はヨットでクルージング中で海上におり、現地の情報はラジオ(主としてNHK)と寄港中に船内のテレビで見た不鮮明な画像でしかなかった。

第一報 新聞社からの電話(携帯)で3日午後4時ごろに事件の発生を知った。
   最初に伝えてくれたのは、いつも懇意にしているスポーツ新聞の文化部の記者からだった。「九州の福岡で高速バスがバスジャックされた。犯人は10代後半の男性で、ナイフで武装している。バスは今も人質とともに高速道路を走行中です。今後、この事件でコメントをお願いするのでよろしく」というものだった。そこで私は着替えのバッグに入れているポケット型ラジオを出して、テレビNHKの音声を聞き始めた。

最初に気にしたのは弾独犯か複数犯かといういうこと
   犯人が単独か複数かということは、なんとしても最初に知りたい情報である。幸い、トイレに降りて警察に通報した人や、走行中のバスから飛び降りた人から、犯人は10代の後半の男性で単独犯という情報が得られた。(ラジオでは早い段階から、そのような情報を伝えていた)。あとはバスが走行中に、別の場所から仲間が乗車しないようにマークすれば、単独犯行として警察は事件を処理できる。単独犯であるなら、体力や精神力の面で警察側が有利に作戦を主導できるメリットがある。乗っ取り犯が一人だと容易に疲労が限界がくるからだ。

犯人個人を特定する作業
   犯人が単独犯なら、次に行なう作業は犯人の特定である。幸いなことに、犯人は自分の携帯電話を使って警察に、「拳銃をよこせ」「高速道路のレーンをふさぐな」と電話をかけてきたとラジオは報じていた。この段階で警察は携帯電話の持ち主を数分で特定できる。警察は事件が発生してから数時間後には、バスジャックの犯人が17歳の少年で、精神病院に入院中で一時帰宅した者と特定できた。警察は直ちに少年の家族に連絡をとり、家族と医師をバスジャックの現場(広島県・小谷サービスエリア)に待機させた。(NHKラジオでは午後10時半頃に家族が現場に到着したと報じていた)。そして警察に連絡をしてきた人達から、人質となった人の特定や、それぞれの体調や病気なの状況を把握する。

犯人を落ち着かせる交渉人
  最初に警察が犯人と直接接触したのは携帯電話だが、ここでのコミニケーションは成立していない。(犯人を特定しただけである)。警察が犯人と接触できないままバスは高速道路を走行した。その間に、人質の一人(女性)が走行中の窓から飛び降りて病院に運び込まれたという情報が流れた。この段階でバスの中で人質に深刻な事態が起きていることが予測できた。高速道路を走行中のバスの窓から、女性が飛び降りるということは異常なことであるからだ。警察は一刻も早く犯人と接触し、犯人を落ち着かせる必要があった。そのこと成功したのはバスが広島県に入ってからだった。山口県で一旦サービスエリアに入ったバスを再び高速道路にだしたのは、犯人が特定できて精神病院に入院中のものとわかったからである。もしも精神病者であれば、犯人を緊張させたり興奮させるのは危険である。あの時点で山口県警が再びバスを走らせたのは問題ない。そこで次は奥谷サービスエリアにバスを誘導することに成功して、サービスエリア内に乗っ取りバスを停止させた。それからラジオの報道では、「広島県警の刑事部長が、バスの運転席に半身を入れて犯人と直接話している」と、現場のNHK記者が報告していた。それから十数分後には人質が数人開放されたと聞いて、私はこの事件は最大の山場を越えたと感じた。犯人が交渉警察官の求めに応じて、人質の一部を解放したなら、警察官の説得が効果を上げ始めた証拠だからだ。事実、警察官が犯人と直接会話を始めてから、犯人は人質を傷つけるような行為は止まった。このような人質事件では、なによりも犯人を落ち着かせることが大切である。犯人の武装や目的や背景もわからないのに、突入や狙撃というような試みは禁物である。(犯人が体に爆薬を巻きつけ、手の中に離せばスイッチが入る起爆装置を握っていたら、狙撃や飛びかかれば起爆装置がONになり、即、人質も犯人も全員が死亡することになる。一流のテロリストはその程度の知識は持っている)

犯人から要求を聞き解決の糸口を探る
    交渉警察官は最初に犯人を落ち着かせ、それから犯人の要求を聞き出し、車内の様子を探ることである。犯人の要求こそは最大の交渉ターゲットになる。それから相手の要求に沿って、いろいろな条件示して駆け引きに使える。今回の犯人は防弾チョッキをよこせとか、東京に行けとか、乗っ取りの目的とはあまり関係のないことしか話してしない。犯人が精神病院に入院中(一時帰宅)であったなら、そのようなあいまいな要求しか出せなかったのだろ。しかし犯人のささいな要求を聞いてやるというのは、犯人の気持ちを沈静化さすためには必要な交渉テクニックである。また相手に要求を出させ、その要求に応じながら犯人に依存心を持たせることも、重要な人質交渉テクニックである。(例えば、水や食糧が必要ないか質問して、それを持って来いと要求をさせるのだ)。給油のために奥谷サービスエリアを出て、小谷サービスエリアに向かったのは、犯人に給油の要求を出させ(誘導し)、その指示に従う振りをして気持ちを落ち着かせようとしたと思う。この段階で犯人がさらに人質を傷つけたり、異常な興奮状態になって危険になれば、SATは直ちに犯人を狙撃できつ体制は取っている。しかし今回の場合は、狙撃する必要はまったくない。もうこの事件は交渉警察官が接触して、数人の人質を開放させてから、警察側が事件を主導し解決の方向に動き出したといえるからだ。また警察には犯人を逮捕し事件を解決するという役割と、この事件を究明して同じような事件を予防するという役割がある。もし犯人を見せしめ的に射殺しては、事件の動機や犯罪の深層究明に支障が生まれれる。今後の同様な事件の再発防止に役立たない。再度言うが、もし犯人がさらに人質を傷つければ、直ちに狙撃することは当然のことである。今回の場合も、そのために訓練を受けたSATの狙撃手が、最適な場所に位置する警察車両の中から、犯人の心臓(胸)に照準し狙っていたのは間違いない。しかし撃つ必要はなかった。もしあの状況下でSATが狙撃を行なえば、それは虐殺(見せしめ殺人)との批判は免れない。

SWTの突入準備完了は05:00
    バスにSATが突入をしたのは5時3分である。これは犯人の疲労がたまり、注意力が散漫になる夜明け前の突入である。教科書通りである。そのマニュアルに従うなら、あらかじめSATはバスの左右を同時に攻める2班に分かれた。そして05:00に警察車両の陰からバスの近くに移動し、SAT部隊は隊長に突入準備完了を告げる。SATの隊長はバスの前方に位置し、交渉警察官からの突入の合図を待つ。交渉警察官はバスの中の犯人が、人質(六歳の女の子)と離れたスキを見て、突入の合図をSATの隊長に送る。同時に隊長はSATの突入支援班と突入班に突入開始を告げる。その命令を受けて静かにSAT部隊はバスの突入点の下に近づく。そして05:03に交渉警察官は手に持った音響手榴弾(フラッシュ・グリネード)を犯人の足元にほうり込む。同時にSATはバスの両側の窓をハンマーでたたき破り、梯子を窓枠にかける。これまでが突入支援班の役割である。別の突入班は掛けられた梯子を登って車内に突入する。突入班の役割は犯人の制圧である。そして突入班が犯人を制圧した後に、人質救出班がバスの非常ドアを開いて中の人質をバスの外に誘導する。(交渉警察官が犯人と交渉中に、SAT部隊はバス会社から同型のバスを借り、その突入方法について訓練を行なっていたそうだ)

 以上が軍事専門家が考えたSATの行動マニュアルである。この通りに当日のSATが行動したかは知らない。しかしこれが軍事常識が指摘する人質解放マニュアルである。

今回の反省点

   今回の警察のやり方で、あきらかに間違った場面もあったので指摘しておこう。それは犯人の家族や医師を説得のために現場に連れてきたことである。これはトップレベルの人質救出マニュアルでは固く禁じられている行為である。いたずらに犯人を興奮させ、人質を危険な状態に追い込むからである。浅間山荘事件では、連合赤軍の家族を呼び寄せ、「00ちゃん、お母さんよ。もうやめて一緒に家に帰りましょう」と呼びかけさせている。愚の骨頂である。人質を取るものたちは、家族に怒りを持っているものも多い。そんな怒りに油を注ぐだけの行為である。幸い、今回は母親が説得に自信がないと断ったどうだが、精神科医は犯人に呼びかけて怒りを煽っている。今後は、このような間違った方法は絶対に止めて頂きたい。

   SATの突入部隊が窓ガラスを叩き破る時間と、閃光手榴弾が破裂する時間にずれがあった。例え、最初の一発は交渉警察官とタイミングを合わせ、爆発と突入の誤差は0.3秒以内になるように訓練を行なってほしい。

 しかし今回のSATの人質救出作戦は100点満点の出来である。まったく申し分のない出来である。相手が特別の軍事訓練を受けたり、テロの専門知識がなかったからうまく行ったのかもしれない。その点を踏まえて、次の言葉をSATに贈りたい。「大失敗の原因をさかのぼって考えると、過去に大成功した時に大失敗の原因が生まれていた」という軍事常識がある。日露戦争に勝ったから、それから軍部の気が大きくなって、アメリカとの戦争に突入し、悲惨で惨めな戦争を国民に課せてしまった。今回の成功に浮かれることなく、次はもっと強いテロリストと戦う心構えで訓練に励まなくはならない。またすべての作戦を指揮したものにも言葉を贈りたい。「戦略の失敗は戦術ではおぎなえない」という言葉だ。いくらSATの隊員が優秀でも、人質事件の現場に犯人の親を連れて説得させるのは戦略の失敗である。もっと人質交渉術を研究して頂たい。

  次のバスジャックではテロリストがダイナマイトを自分の体にまきつけ、そのスイッチ(起爆装置)を手のひらで強く握っている。もしテロリストを射殺(狙撃)したり、SATが襲いかかってくれば、テロリストの手のひらが開くとスイッチが入って、そのダイナマイトが爆発する仕掛けになっているとする。そのようなバスジャックにSATはどのように対処するのか。これが私からの宿題である。次の人質事件でその答えをSATに見せてもらおう。世界で一級のテロリストは、その程度の知識と準備はしてくるだろ。(5月10日)
 トップの写真3はロサンゼルス警察(LAPD)のSWATチームが突入寸前のもの、写真1、2,3は英国特殊部隊SASのバス突入訓練、写真4は米国のDELTAが建物内での人質救出訓練を行なっているもの。写真の一番下はドイツの対テロ部隊GSG9の隊員が、MP−5サイレンサーを構えて犯人狙撃の姿勢をとっている訓練風景。